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読書へのアニマシオン―75の作戦

マリア・モンセラット サルト (著), 読書へのアニマシオン―75の作戦 単行本 – 2001/12

を読む. このほんの現代はAnimacion a la lectura(アニマシオン・ア・ラ・レクトゥーラ) で,その翻訳が「読書へのアニマシオン」となっている. 原文の意味をより強く示すと「読書という行為に取り組んでいくための元気づけ」になる. なお,ここで読書に相当する la lectura には,「読書,教養,読書によって得られる教養,読解」という概念が含まれている.

この本には本を楽しむための方法が75種類も書かれている.実は昨年から仲間と始めたホンパ ( http://honpaclub.blogspot.jp/ )はアニマシオンの#73(この本のすきなわけ,知っていますか?)や#74(考えていることを言います)なのかもしれない.

さて,本を読むことはいいことだと信じている(最近は確信に変わってきた).なぜなのか?この本を読むと下記のようなパラグラフがある.

読むこと,話すこと,書くこと,つまり,世界を言葉で説明し,理解し,楽しむことは,人間に不可欠の条件です.文字で書かれたものから逃げることは,ものごとの論証や論理,明晰な判断,分析,批判能力からの逃避です.言ってみれば,自由の放棄です.無知とは,読み書きのできないことなのです.通信ネットの魅力に皆がおぼれそうになっている今こそ,くり返し言わねばなりません.インターネットに接続することが進歩だの,知識の増加だのと考えるのは科学技術への幻想です.言葉が読み取れなければ,ネット上でも何も出会えません.読み書きができない人は,回線の接続と切断をくり返すだけでしょう.コンピュータを万能薬のように言う人々がいますが,だまれてはいけません.驚異の情報社会に突入したなどというのは虚言です.今言えるのは,学ぶことのできる人,よりよく,より多く読むことのできる人が活路を見いだす「学習社会」に,われわれが突入しているということです. 

いつも思っていることであるが,こんな風には書くことができない.まだまだ文章修行が必要である.