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研究室で過ごしましょう

研究室で過ごしましょう.

さて,卒業研究や修了研究は自宅でできるでしょうか?答えはノーでもあり,イエスでもあります.卒修論は最終的には「一人で考える」,「一人で何かを創造する」,「一人で文章を書くこと」が必要になります.これらの「一人で○○」を支えるのが,研究室で過ごすことにより得られる刺激(研究室の暗黙知,先輩からの何気ないヒント)なのです.

ゼミや輪講だけさえ出ていればいいやという考えもあります(これは学生が決めることではないことで,先生と相談しましょう).ですが,それだけでは「一人で○○」を刺激する「何か」が不足します.出席を取るとか取らないとか関係なく研究室で勉強することで,この「何か」をえてください.下記のリンクに「何か」のことが書いてあります.

 チームラボ・猪子寿之:ヤフーもやめたでしょ。「ノマド」「在宅勤務」を禁止する理由 | BizCOLLEGE <日経BPnet>

単なるムダ時間?職場の「ワイガヤ」は善か悪か|組織の病気~成長を止める真犯人~ 秋山進|ダイヤモンド・オンライン

 さて,ある研究室に経済的な 効率性をやたら求める学生がいました(研究室にいる時間がもったいないとのことでした.金を生まないからだそうです.).おめでたいことに本人評価だけが自分は,未体験にもかかわらず研究ができると思っていたようでした.成績がいいからという根拠でした.友人も彼は卒論もできるだろうと思ってしまいます(後に友人に抜かされてしまうから,焦ってしまう).でもその彼のアウトプットは客観的に観ていて切ないものでした(アルバイトで目先のお金を得たが,それに勝るものを得ることができませんでした).卒論は最初で最後のものですし,成績に比例して良いアウトプットがでるわけでありません.卒論着手前の成績は暗記型の科目向けのもので,それでは確認できない見えない部分が,卒論の完成には大切になります.卒論完成には暗記型の能力とは違うことが必要になるということです.

また,卒論は未体験のものということを忘れない方が良いと思います.表彰されるような卒論を書く人に共通しているのは,配属の段階では「書けるかなという恐れ」を持っていることです.だから頑張ろう,力をつけようと謙虚に考えています.そんな人は安心です.未体験なものにチャレンジするときには,先入観とか自分の力を過信しない方が良いと思います(もちろん力を過小に評価しすぎるのも良くないです).

下記のクーリエの特集は「『頭がいい人』の条件が変わった」です.「頭のよさ」の判断基準が変わってきました.卒修論の出来具合と関係がありそうです.またこれからの時代,未体験のものやモデルのないもの,答えがないことが増えてきます.いわばいつも卒修論的なアプローチが求められるのです.

Amazon.co.jp: COURRiER Japon (クーリエ ジャポン)2015年 05 月号: 本