「ベンチがあほやから野球でけへん」を思い出す

 

 中世の時代,大多数の人々は「天動説」(太陽が地球の周りを回っている)を信じていた.時の権力者や権威など「天動説」を強く確信している人たちに,信じさせられていたのかもしれない.でも実際は,ガリレオの「それでも地球は回っている」の「地動説」(地球が太陽の周りを回っている)が正しかった.この事例からも「ある物事に対する確信の強さ」は「ある物事の内容の正しさ」と無関係であることがある.他にも似た事例がいっぱいあるのではないだろうか.

 典型的な例は「これまでも成功してきたように(あのメーカがうまくいったのだから),このような商品を作れば必ず売れると確信している」である.でも選ぶのは消費者であって,作る側の確信が強くても,消費者が買うかどうかはあんまり関係はないのである.自分が欲するように世界を理解してはいけない.

 希望的観測や先入観を基に政策や計画を考えてきたために,これまで何度,我々は失敗してきたか冷静に考えて欲しいものである(戦争,経済政策,・・・).このような失敗パターンは,集団で意思決定をすると陥りやすい.ポジティブに考え夢を語るのは否定しない.でもいざ計画を立てるときにはうまくいくことだけを考えるだけでなく,客観的に冷静に最悪のケースを想定して政策や計画を考えて欲しいものである.

 ポジティブな計画は受けがいい.でもその計画が失敗したら誰が責任を取るのかを考えておかないといけない.計画を立てた人は結果がわかる頃にはいない(いるのに計画に荷担する図太い輩も増えている感じがする.まっさきに逃げるか,人のせいにするパターンの人).つまり,自分たちになってしまうことが多いのだ.

 この人達は全体の最適化も考えないことも多い.あくまで部分を最適化させたがる.実は部分はもう切り詰めているのである.全体の設計が問題なのに,部分のせいにしたがる.こんなことを考えていると「ベンチがあほやから野球でけへん」を思い出す.

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