フットワークが軽い

「フットワークが軽い」,「人がしないことをする」,「失敗してもいいじゃん」,「パイオニアーであれ」,「まずプロトタイプ,モデルを作れば」,「小さく始めて問題を探る」,「単純作業で長時間は機械化する」,「やるかやらないか.やって自分が幸せになり,他者も幸せにすれば良い」ということは,褒め言葉だと思っています.若い人にも伝えてきたつもりです(これからも伝えます).

しかしこれらのことは,どうも「思慮深く慎重」な我が国では「ネガティブ」なのかもしれません.コロナ禍でわかった新たな知見です(皮肉です). 沈みゆく船に全員が同乗し,そこから逃げてはいけないようです.

さて,結果として第一波に対してのコロナウィルス対策は,経済の問題を除けば成功したようです.ただし,素晴らしい戦略やシナリオがあり,成功するべくして成功したのではなく,たまたま成功したということを忘れてはいけません.ほとんどが国民各自の個人力に依存しています.

マスクや給付金のゴタゴタの根本にあるのは,ITやICTの技術開発が遅れているということではありません. 巷に出回っている標準的なITやICTで十二分に対応可能です. マスクはもう足りています.配布は止めて,他の用途に使うというシナリオを書き直せば良いだけです. どうして配り続けるのでしょうか.疑問です.

ITやICTを使う側,とりわけ組織のマインドセットの問題です.車をどう使うか,ハサミをどう使うか・・・.バカとハサミは使いようです. 車を作れなくても,車は色々な用途で使うことができます.使うためには最先端技術は不要です.マインドセットにつきます.

日頃から「思慮深く慎重」なふりをしているだけで,実際は思慮深くもないし,慎重でもないといことがわかりました. 本当に思慮深ければ,本当に慎重であれば,色々なことを日頃から試していたはずです.プランBどころかZまで考え,試しているはずです. 常に知識,マインドセット,スキルをアップデイトしているはずです.試そうとするはずです.

緊急事態宣言が解除されましたが,一部の地域で再流行も始まったようです.色々な地域で同じことが生じるでしょう. 対応し乗り切る地域や組織もあれば,対応できずダメージを受ける地域や組織が生まれるでしょう. 後者をチャント,国がケアしてくれるでしょうか?そこは疑って,備える,そんな「ネガティブ」なマインドセットが必要です.

会議力

その組織の優劣,組織力は,たぶん会議で計測することができる.私の仮説である.

ところで,最近オンラインの会議が職場のみならず職場外でも増えてきている. オンラインの会議になったからといって,平時ではないからといって,ダメダメの会議が,良くなることはないということがわかってきた. 私の仮説は,オンライン会議でも成立する,これも仮説である.

コロナ禍前の会議がチャントできているところは,コロナ禍中であっても,少し落ち着いてきてもチャントできるのだ. さらに,テクノロジーを活用しオンライン化へスムースに移転するから,ますます会議力が向上していく. 一方,ダメダメ会議はさらにダメダメになっていく.

コロナ禍は組織力をあぶり出す.

「ご飯論法」と「謝ったら負け」のゲーム

今朝の天声人語に気になる言葉があった.今の政府は国民に対して“「謝ったら負け」のゲーム”を見せているのではないかという指摘である.

(天声人語)ナイチンゲールと統計:朝日新聞デジタル

本当にそうだ.子供の頃でもこんな屁理屈を言ったことがないし,友人に言ったら仲間はずれになっただろう.親に言えば殴られてもおかしくなかっただろう(ちなみに私の親は子供を殴るような人でありませんでした.念のため)し,友人に謝りに行かされたのではないだろうか.一歩譲って,私の国語力や理解力はおかしいのだろうとしよう.それでも腑に落ちない.どうもそうではなさそうな気がする.

この数年間,色々な「ご飯論法」と「謝ったら負け」ゲームを観戦した.楽しく観戦したのではなく,悲しく観戦した.そのたびに何か壊れていくような感じがした. 思い出すままに書き上げると次の3点である.他にもたくさんあるが,タイプする時間がもったいない.

  1. 私や妻が関与していたら辞める.それを撤回できない,言い間違いと謝れないから,謝らないために公文書を改ざんする.それを話した人は嘘つきであるし,AI以下である.

  2. 募ってはいるが募集はしていない.辞書を引けば募集の説明には募ることというニュアンスが含まれていはずだ.センター試験に出題されるほどのレベルではない難易度である.これを話した人はAI以下ではないだろうか.

3.ご飯論第一人者の目安であって基準ではない.字面は違うことは誰でもわかる.10年前のAIでもわかる.戦時中に撤退のことを転進,全滅のことを玉砕と言い換えていた.大本営である.戦時中にはインターネットも普及していないから,大本営の発表に国民はだまされてしまった.しかし今はインターネットの時代である.バレバレなのである.

言葉遊びは止めて欲しい.遊びならもう少し高尚であって欲しい.それとも最低限の学力がないのであれば,難しい言葉を使わなくても良いから,キチンと論理的に説明してもらいたい.最低限の学力がないのであればトップには向いていないのではないか.そろそろ選んだ政党は自浄作用を発揮してもらいたい.「ご飯論法」を止めていただきたい.いくら神輿は軽い方が良いとはいえ,壊れた神輿ではまずいのではないだろうか.

学校PC配備率と地域の大学

新型コロナウイルスの感染拡大に対応する緊急経済対策で,政府の「GIGA(ギガ)スクール構想」が前倒しさることになった. この問題も,教育対策ではなく,経済対策だそうだ.経済は大切であるが,教育への投資は経済対策なのだろうか.経済対策で教育へ予算配分するものだろうか. いつもながらの疑問である.教育への投資は安定的に続けるもので,将来の経済対策であって欲しい.

digital.asahi.com

一般的に,パソコンを購入するときは,先ずは処理能力,つぎに大きさや頑丈かどうかを気にする.ただし我々,大人の場合は,あまり自転車のカゴで運んだりすることは考えない.またあまり落とすことまでは考えはしない.しかし小中高生徒もなるとどちらも考慮し,頑丈性が求められている.

この記事に「最も普及する佐賀県でも1・8人に1台.愛知県は7・5人に1台と自治体間格差が広がっている」とのことである. 県内総生産(名目、10 億円)は佐賀県2,852である.愛知県のそれは 39,409.東京は 104,470,神奈川県は34,609,大阪は 38,995.

平成 28 年度県民経済計算について - 内閣府ホームページ(https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kenmin/files/contents/pdf/gaiyou.pdf

ところで大学には地域貢献が求められている.佐賀県には国立大学が1,私立大学が1,短期大学が3,設置されている.これらの大学が地域の情報化に貢献しているのであろう.愛知県にはたくさんの大学がある.公立もある.それも県立大学である.その県立大学には情報科学部があるようだ. 県民からすれば,県立の情報科学部があるのだから,一人あたりの台数は最下位でも,教育の質は高く,教育の情報化は進んでいると認識されているであろう. きっと素晴らしい愛知モデルがあるはずだ.

休学の枠組み コロナ禍特別休学&長期履修制度

私が大学で働いているのは,学生さんと一緒に研究したいからである.研究だけをしたいのであれば企業や研究所を目指したであろう. コロナ禍で学生さんと対面で研究を一緒に出来ないのは少し寂しい.しかしITを駆使して,それでも素晴らしい卒修論を書いてもらおうと思っている.

ところで研究指導以外の講義は,コロナ禍が落ち着くまで対面はできないであろう. それでもオンラインで対応しようと思えば,できることも多いはずである.完全でなくてもなんとか対応するように工夫をする. これが大学教員の本来の姿だと思う.小生もこの前期は本来の研究よりも,講義をオンライン化する研究をしているようなものである. ひとたびオンライン化できれば,オンラインで学ぶこと以外を,対面で教えることができるようになる.それはそれで魅力的である. チャレンジングでむしろオンライン講義教材を作成することを楽しんでいる.

一方でどうしてもオンラインは無理なこともある.結果として,本来なら前期開講講義を,長期休暇中の集中講義にしたり,後期開講講義にしたりする大学もあるようである.学年歴や時間割変更である.

これらの学年歴や時間割変更は学生にはまったく非はない.学生の承認を受けているわけでもない.大学側の都合である(コロナだから許してくれるだろうという確信をもっているような気がする).しかしながら,長期休暇中に旅行をして見聞を広めたい学生もいるだろうし,アルバイトをして学費を貯める人もいるであろう.後期から留学したいと考えていた人もいるであろう.さらに学校に行かない期間が長いと,不登校になりやすいということもわかっている.#

「講義が期待していたスタイルではない」という理由で,4月に遡って休学(無償)を認めるというルールはないのだろうか.コロナ禍特別休学である.なければ作るべきではないだろうか.

1〜3月の休学を申請する時期に,ここまで事態がひどくなっていると誰も想像はできなかったはずである.授業料の減額や補助も良いが,コロナ禍特別休学を,社会的に認めてはどうだろうか.社会的に認めれば,就活や進学の時にも不利にならないのではないか.オリンピックでさえも延期(休学のようなもの)したのだから,IOCJOCも関係ない.大学なら規定を変えるだけでできるであろう.そういえば4年間卒業でなく,4年以上で卒業する長期履修という制度もある.

本気でやればできることである.要は大学がやるかやらないだけのことである.

(耕論)休校、のびてのびて… 新型コロナ 太田啓子さん、苫野一徳さん、渡辺憲司さん:朝日新聞デジタル

「なぜなし」委員会や「由(よ)らしむべし 知らしむべからず」という考え方

前例がない事態が生じている.前例がないと何もできない組織があぶり出されている.この前例には,その組織の前例もあれば,他の組織がチャレンジしたことの美味しいところ盗むというのも含まれる.チャンとした人は他人の意見をあたかも自分の意見のようには言わないが,アホはあたかも自分が創造したかのように使う.パクるのである.あくまで表層的な理解なので応用が利かない.いつもパクりで過ごしてきたから,いざというときに,自分たちでオリジナルを作れない.

そのような組織は,前例がなければ,前例に代わるものとして,何か「権威ある」/「権威のありそうな」/「仰々しい」/「いかにも」な名前の委員会/会議を作りたがる.ただし,その委員会や会議のメンバーの多くは,問題に対する知見があるわけではない(「なぜなし」の人たちの集合である).わかりきったことであるが,烏合の衆である.文献を調査するわけでもないし,広く意見を募るわけでもない.パクリ傾向があるので,募ってもあたかも自分たちの意見のようにする.あくまで烏合の衆の狭い思考で,忙しい/大変だと,騒ぎながら,いいかげんなルールを提案してくる.たちが悪いことに,(本当はないのだけれど)権威ある私たちが考えた方法やメッセージは正しいのだと思い込んでいる.安全神話だ.もしも失敗するとかを考えないため,テストもしない.

さらに「由(よ)らしむべし 知らしむべからず」#と考えているようで,人民というのは,道理を理解することがなかなかできない.でもそれに従わせることはできると考えている.このIT,SNSの時代に,昭和時代の体育会スピリッツが跋扈する.

ツッコミもないし,「なぜなし」である.そこから出てくる議論の水準も高くはない.むしろ事態を損ねつつある.

そういう状態が,国内の組織で現在進行形で進んでいる.この状況を目撃していると考えれば,現状をよく理解できる.

kotobank.jp

ツッコミ役,周りにいれば・・・論文投稿も同じです

今朝の朝日新聞・耕論,「ツッコミ役,周りにいれば 山田ルイ53世さん(お笑い芸人)」という文章がありました.

(耕論)まさかのマスク2枚 新型コロナ 小川仁志さん、山口真由さん、山田ルイ53世さん:朝日新聞デジタル

裸の王様は,周りにはお友達,忖度する人を集めたがる. 王様がボケても,誰も制止できません.困ったものです. 最近の王様はSNSでも,お友達や忖度人の発信しか見ないようです.

ボケにはツッコミが不可欠です. 論文も同じです.推敲するときに,誰かにツッコミ役をしてもらうか,自分でツッコまないといけません.

「和して同ぜず」が重要なのです. 人と協調していくが,決してむやみに同調しない. 人とのなごやかな人間関係には心掛けるが,その場かぎりに,無責任に賛成したりしないという意味です.