再読『銃・病原菌・鉄』

朝日新聞 ゼロ年代の50冊 第1位『銃・病原菌・鉄』を再読する. この本の11章に突然大流行する感染症に共通する特徴が書かれている.

(1)短期間のうちに集団全体が病原菌にさらされる,(2)進行が急性であり,感染者は完全回復か重篤のいずれか,(3)感染し回復すると抗体が持つようになる,(4)人間の体の中でしか生きられない.

本当に危険なウィルスだ!

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人類の格差を考察した『銃・病原菌・鉄』の著者に聞く(上)|WIRED.jp

人類の格差を考察した『銃・病原菌・鉄』の著者に聞く(下)|WIRED.jp

マスクアレルギーとマスクハラスメント 「人を見たら泥棒と思え」と「マスク女を見たら口裂け女と思え」の狭間の今日この頃

2020年4月2日の夕刊一面は布マスク配布でした.

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テレビでは,新型コロナウイルス感染症対策本部の会合や衆院本会議において, どや顔で発言していた.今回のどや顔は「私と妻が・・・」, 「募ったが募集・・・」,「憲法・・・」の時はとは違う感じのどや顔でした. 一部の国では首相のエイプリルフールのジョークと思われたらしい.

さて私は岐阜県生まれである.高校生の頃,「口裂け女」の噂が流れ,怖い思いをした経験がある.噂では,「口裂け女」は近隣の病院からが逃げ出してきたことになっていた.本当に恐ろしかった.またその頃のいわゆる「ヤンキーやスケバン」はマスクをつけていたことも恐ろしさに拍車をかけたのである.

それ以来「マスク女を見たら口裂け女と思え」と脳裏に刻まれたのである.マスクアレルギーの発症である.マスク女を見ると「わたしってきれい」とマスクが取られて・・・.怖いよ怖いよ,ヤバイよヤバイよ出川だよ.また,私自身はおかげさまで花粉症でもないので,風邪を引いたとか,よほどのことがない限りマスクをつけることがない人生を過ごしてきた.マスク人になったことがほとんどないのである.

しかし,最近はバス,地下鉄,職場,どこに行ってもマスクマスクマスク・・・.そういえばWHOのテドロスさんはテストテストテストしたね.

マスクマスクマスク・・・,世の中には口裂け女(人)しかいなくなっちゃった.そんな中,マスクをつけた方が良いんだろうなと思いながら,マスクレスで過ごしている.買えないのだから仕方がないのです.しかしマスクマスクマスクの人からは,マスクレスは非常識で,攻撃したいんだろうな.マスクレスの人に対するマスクハラスメント,マスハラじゃないかなと思うことがある.それともマスクレスの人がマスハラをしている側になっているかもしれない.

話は変わるが,コロナウィルスのウィルスの綴りは「virus」.「virus」は,CNNなどで聞いていると“ヴァイルス”と聞こえてくる.ダイハードで有名な男優ブールス・ウィリス(Bruce Willis),昨日まではブルース・ウイルスと思っていました.

せっかく小学校から英語を学ぶのだから「virus」の発音ぐらいは,チャント教えた方が良いと思う.ウイルスという発音が蔓延してしまい,子供達が困るだろうな.

ところでオンライン会議.マスク人がいない.怖くない.これ当たり前のようで大発見です!

ブレンダーや調合師

色々な組織が再編されようとしている.たとえばセクションA~Eを再編統合することを考えてみる.

各セクションが個性的な美味しいらしいシングルモルトウィスキーA~Eを熟成生産しているとしよう. これらをまとまるとなると,よほど優れたブレンダーが調合しないと,美味しくないウィスキーになってしまう.誰も飲みません. むしろそのままのシングルモルトを,その日の気分で飲み分けた方が楽しいです.

各セクションがそれぞれ違う刺激的なスパイスを育ているとしよう. これらをまとめるとなると,やはり優れた調合師が調合しないと,スパイスがスパイスでなくなってします.誰もそんなスパイスは使いません.むしろそのままのスパイスを用途に応じて使い分けた方が良い.

各セクションが故障自動車を集め,それぞれが使えそうな自動車部品を収集している.これらの部品で一台の自動車にする.いわゆるニコイチ的な自動車一台できあがり.そんな車,運転するのも怖いし,助手席にも乗りたくはないですね.

各セクションはそれぞれビール,ウィスキー,芋焼酎麦焼酎,ワインを生産しているとする.これらをまとめるといわゆるチャンポン酒です.昭和の体育会系のノリです.危険ですよね.一歩譲って,グレープ,オレンジ,パイン,グレープフルーツ,バナナでミックスジュース.このミックスジュースならイケる場合もあるが,ジュースの種類を上手に選ばないと,ただの砂糖水です.

というわけで統合するときはよーく考えてね.

学校休校から発見したこと

今回の休校騒ぎで学校には,勉強を教えるということより,むしろ「託児所」という機能があったことを発見しました. 勉強を教える本来の意味での学校は「全てオンライン!」でOKそうですね.

ただし集団のルールを学ぶなどのしつけ的なこと,昼ご飯を準備したりすることはオンラインでは困難です. 今後の課題は「託児所」機能を,社会としてどう維持していくかですね.

さて,2020年4月1日の朝日新聞1面は次のニュースでした. 都立学校の休校措置、GW明けまで延長へ 感染者急増で [新型肺炎・コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

この数日の状況からは納得します.一方で「いつまで続くんだろう?」という疑問もある. 結局は「あなた/私の命を守るまで.今はstay homeに徹しよう」ということになる. 家にいれば助かる確率が高いのだから,できるだけ家にいましょう.

これまで研究室の運営はできるだけ3密確保だったのかもしれません. 週に何度も頻繁に,同じ部屋に多くの学生が集まり(部屋は換気していました),学生同士が近距離での密接な会話や議論をする. これが知的生産活動だと運営してきました.それなりの育成もできたし,研究成果を生み出すことができました.

しかしこれからはノー3密です.ノー3密を前提とした,知的生産活動を考えださなくてはなりません. オンライン上での3密的なことは何なのか?これがこれからのテーゼです. 研究や知的生産に意欲があまり高くない人であっても,出席していれば意欲が高いと評価される時代もありました. 義務教育でない教育機関において,これからは成果や個の力をますます問われる時代,ますます苦労するだろうな. 意欲がなくても誰かに言われなくても,粛々と自分を高めるという活動が重要になる.

麒麟が来る年に 五輪が来るはずだったがやっかいな王冠が来た

大河ドラマを欠かさず観るようになったのは1973年,『国盗り物語』. 小学生4年生.翌年の1974年は長嶋茂雄が引退した年です. 田中角栄全盛の頃で未来が輝いていたように見えました.

国盗り物語』,美濃国を巡る話ということもあり,地元,大垣が沸いていた. 『国盗り物語』では平幹二朗斎藤道三を演じ,当時20代の高橋英樹(信長),近藤正臣(光秀), 火野正平(秀吉),松坂慶子濃姫)がキャストであった.この頃から司馬遼太郎さんの作品を読み始めたことになる.

さて大河.昨年2019年は『いだてん』.東京五輪の話でした. 2020年は『麒麟が来る』.本当なら「五輪も来る」はずでした. ところがコロナ・ウィルスが来てしまいました.コロナ,王冠という意味です. オリンピックから思い出すのは「月桂樹の王冠」です.

ところで,私は,オリンピックは,日本を応援しろという圧を感じるのであまり好きではありません. 純粋に競技者を観たいのです.2020年は東京開催だから余計に圧を感じていました(期間中はカナダに逃げるつもりでした). とりわけ2020年のオリンピックはアンダーコントロールでもない,猛暑の少し危険なオリンピックと認識していました. 違和感もあり,どちらかといえば猛暑の東京開催は反対でした. しかし同じ王冠でも,月桂樹でなくウィルスとは・・・. 困ったものです.

みんなで頑張らなくても 個人がやることは頑張らずにやりますよ それで文句ある?

今朝の朝日新聞.正確にはオンライン版とは題目が違っていました. www.asahi.com digital.asahi.com

この記事の中で気になった文章を要約は次の通りです.

  • 緊急事態条項.  個人の権利を制限する法律で思い起こされるのは,1930年代にナチスが使った緊急事態条項です.  今回の法律も非常に危険だと思う.未来から見たら、全体主義的な方向にまた一歩近づいた出来事として記憶されるんじゃないか.

  • 忌野清志郎の警告. 「危機は権力に利用されやすい.『地震の後には戦争が来る』って.『気をつけろ』と彼は警告を発してた.」

  • 戦時体制.  嫌な言葉だ.まさか生きている間に聞く言葉とは思っていなかった.米国のPresidentも「私は戦時下の大統領と」使っている.  ウイルスを封じ込める政策については仕方がない.  しかし危機や緊急事態条項を利用する人が出てくる可能性がある.気をつけないといけない.  政権側は一度使ってしまったら手放したくないから,『今はしょうがないけれども,終息したらやめてくれ』って言って引き戻していくことは困難だと思う.

  • 「音楽の力」  この言葉が嫌いだ.「音楽の力で一つになろう」というような雰囲気も出てきた.先が見えない状況で,ときに音楽やアートは,少し気持ちを休めさせる.  でも僕はみんなで頑張ろう』みたいなのが生理的に嫌いです.まあ(邪魔はしないから)やりたい人はやって下さいと.

みんなで頑張ろう.私も嫌だな.頑張らなくても自ら粛々とやることはやるから.みんながやらなくてもやることは自ら粛々とやるから. みんなで頑張らなくても各自(みんながそれぞれ)が利他的にやるから.

幸せになりたいけど 頑張りたくない♪(忌野清志郎 ラクに行こうぜ) 少なくともみんなでは頑張りたくない.みんなで頑張るとおかしな方向に行ってしまって後悔します(集団浅慮になります).

正確には「頑張ってることを見せずに」,「頑張ってる感をアピールすることなく各自のペースで頑張るから」,「みんなで同時にやらなくても私はひとしれずやりますから.なにか.」,「たとえ明日,世界が滅びても 今日,僕はリンゴの木を植える」という感じです.

ところでPM曰く,オリンピックも延長して,実施することで克服の「証」にするらしい. 「証」にすることを国民に相談もなく勝手に決めるな.「アスリートファースト」という神聖な言葉を政治利用しないで欲しい.

オリンピックがもしも開催されたら「スポーツの力で一つになろう」という展開も予想される. 一つにならなくてもスポーツを,先ずはそれぞれが楽しめば良いだけじゃない.結果として一つになるかもしれないが,それであくまで結果です. もちろんスポーツを嫌いな人もいる.そんな人はもちろん楽しまなくても良いと思う.

私はスポーツはするのも観るのも好きです.だけどスポ根賞賛,応援・感動を強要されるの嫌だ.純粋にスポーツを楽しみたいのです. 最近の無観客の野球や相撲の方が楽しめました.コロナを克服しても“鳴り物応援”はやめて欲しいなと思う. 本当のお酒好きはお酌されるのはペースが乱れるから嫌なのです.手酌が良いのです.

こんな喩えを聞いたことがあります.各競技は名画である.しかしオリンピックという額縁が,名画を台無しにする.

去年のラグビーワールルドカップ.日本チームの躍進も素晴らしかった. 日本チームを応援するのではなく,本物のラグビーを観戦できた.それが良かったのです.